CD「コンサート・アット・ダール・ラシディーヤ」楽曲解説 arab-music.com
松田嘉子のエッセー No.19

CD「ル・クラブ・バシュラフ/コンサート・アット・ダール・ラシディーヤ」楽曲解説
松田嘉子


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1. 歌曲「ヌーバ・ハドラー」 (緑のヌーバ)
 ケマイエス・テルナン(1894-1964)の作曲によるヌーバ。ナハワンド旋法。ターヘル・キサール作詞。
 ケマイエス・テルナンは、ビゼルトに生まれた20世紀チュニジアの代表的作曲家で、ウード・アルビー(4弦のウード)と呼ばれるチュニジアン・ウードの名手であった。ラシディーア研究所設立当時の主要メンバーとして、チュニジア伝統音楽の継承と発展に多大な貢献をした。
 チュニジアの伝統音楽ヌーバ (ナウバ、ナウバトともいう)は、歌と器楽の組曲で、アンダルシア音楽の代表的なジャンルである。伝統的には13のチュニジアの旋法による遺産が受け継がれていた。ケマイエス・テルナンは20世紀に、チュニジアのヌーバのリズムと、オリエントのナハワンド旋法を組み合わせた斬新なヌーバを作曲して、歴史的遺産のヌーバを豊かにしたと言える。
 ここでは次の4曲を連続して歌っている。歌の中で、モスクやスークなど、チュニスの街の様子も描かれる。 アイユハル・ムーラウ(恋に落ちる人よ)~ヤンマム・リヤーダ(花園を見に行こう)~ビマルサッダリーフ(岸辺でそよ風に吹かれながら)~スーグル・アイヤーミクム(遠い日々の想い)

2. 歌曲「ワスラ・ハスィン」(ハスィン旋法によるメドレー)
 マルーフと呼ばれるチュニジア伝統音楽より、ハスィン旋法による次の3曲を連続して歌う。
バダ・ビカッディン(ほっそりした彼が現れて)~ヤー・カルビー・オトローキル・マハナー(私の心よ、不幸に負けないで)~マンダファル・ビルヒクマ・ミナルハキーム(知恵を授かった者は幸いなり)
 アンダルシア(イベリア半島)に渡ったアラブ人により、9世紀から12、13世紀をピークとして醸成されたアンダルス音楽を源流とし、北アフリカに持ち帰られた伝統音楽を、チュニジアではマルーフ(「習慣となったもの」の意)と呼ぶ。マルーフはもともと口承で伝えられたが、現在では全9巻からなる「チュニジアの音楽遺産」という楽譜集にまとめられている。歌の内容は、恋愛、望郷の念、神や自然を歌った歌など、生活全般のテーマにおよぶ。

3. 器楽曲「サマイ・ハスィン」(ハスィン旋法によるサマイ)
 松田嘉子作曲のハスィン旋法によるサマイ。2007年作。ハスィンはチュニジアの旋法。サマイはアラブ音楽の代表的器楽形式。4楽章とリフレイン(テスリム)から成り、第3楽章までとテスリムはサマイ・サキールと呼ばれる10拍子のリズムで作られる。第4楽章は拍子が変わってもよく、この曲は6/8拍子(チュニジアのポリリズム)。第2楽章でムハイエル旋法に、第3楽章でアスバアイン旋法に転調する。
 このコンサートのプログラムは全曲チュニジア音楽であることが、ラシディーヤ伝統音楽研究所からの強い要請であったが、日本人が作曲したチュニジアの旋法ハスィンによるサマイであることから、プログラムに加えられ、好評を博した。

4. 歌曲「ワスラ・アスバアイン」(アスバアイン旋法によるメドレー)
 アスバアイン旋法によるメドレー。アスバアインはチュニジアの旋法。
 アラ・ヤー・ムディール・エッラーハ (恋心を司る人よ、あなたは闇を照らす光)~サブーン・ビカ・マフトゥーン(狂おしいほど夢中)~アー・ミン・ガラーミ(恋心のために眠れぬ夜)~ヤー・ハル・タラー(あの人たちは何処へ)

5. 器楽曲「サマイ・アスバアイン」(アスバアイン旋法によるサマイ)
 ムハンマド・サアダ(1937-2005)作曲のアスバアイン旋法によるサマイ。アスバアインはチュニジアの旋法。
 ムハンマド・サアダはチュニジアの優れたナイ奏者で作曲家、指揮者、音楽学者であった。ラシディーア研究所のディレクターもつとめた。

6. 歌曲「ガザーリー・ナファル」(恋人は去ってしまった)
 ケマイエス・テルナン作曲 。ムハンマド・マルズーキ作詞 。
 ケマイエス・テルナンが不世出の女性歌手サリーハのために書いた曲。サバ旋法。「私のガゼル(恋人を美しい動物ガゼルにたとえた言い方)は去り、私の心は悲しみに沈む・・」と歌う。オリエントのマカームであるサバ旋法は、「悲しみのマカーム(旋法)」と呼ばれることがある。

7. 器楽曲「サマイ・ブスタニカル」(ブスタニカル旋法によるサマイ)
 ムハンマド・トリーキー(1899-1998)作曲のブスタニカル旋法によるサマイ。ブスタニカルはオリエントのマカーム。ムハンマド・トリーキーはチュニジアの代表的バイオリン奏者で作曲家であった。ラシディーア研究所設立当時の主要メンバーの一人で、チュニジア伝統楽曲を西洋式の五線譜に記譜する役割を担う一方、優れた作品を創造した。

8. ナイ・タクスィーム・ブスタニカル(ブスタニカル旋法によるナイの即興演奏)
 竹間ジュンが演奏したブスタニカル旋法にもとづくナイのタクスィーム。タクスィームとは、単独の楽器による即興演奏である。もともと演奏前の試し弾きから発達して、次第に独立した器楽ジャンルとなった。歌や楽曲の前、あるいは中間部に、その曲の旋法にもとづいて行う。即興性と演奏家の個性を重んじるアラブ音楽では大切なジャンルであり、伝統的な型をふまえながらも、音楽家の技量や旋法に対する教養、感性などを反映するものとみなされる。このナイ・タクスィームは、ムハンマド・トリーキー作曲「サマイ・ブスタニカル」の中間、すなわち第3楽章と第4楽章の間で行った。

9. 器楽曲「サマイ・ブスタニカル」(ブスタニカル旋法によるサマイ) 第4楽章
 ムハンマド・トリーキー作曲のブスタニカル旋法によるサマイの最終楽章。ムハンマド・トリーキーは、この「サマイ・ブスタニカル」の第4楽章に、チュニジアの宗教音楽に用いられるムジャラド(5拍子)というリズムを用いた。チュニジアの伝統的リズムを生かした、才気溢れるメロディーによる最終楽章。


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本研究は(独)日本学術振興会による科研費(挑戦的萌芽研究/23652042, 25580028)の助成を受けたものです。


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